山田さん、ホオジロザメ、レゴ三昧

エロい絵、描いた記憶あんまりないけど、一応18禁です。

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効率  

ゲームに効率を求めていた時期があった。

昔はモンハンを延々と500時間とかやっていたのに、
やりこむことをしなくなった。
やりこむどころか、クリアすらしなくなった。

そのゲームの面白さの要素を拾い上げることが大事であり、
自分が楽しむ必要はないのだと考えていた。

今はそう思わない。
効率よく生きることが面白さにつながるとは限らない。
非効率で歪んだ傾倒の方が、その人の強い芯となる場合もある。

廃人。
そこから立ち上る面白さがある。
漫画に魂が宿る。

ダークソウル3をやっている。
ゆっくりじっくり進めている。
数年前にデモンズソウルをやったときは攻略サイトばかり見て
効率よく進めていた。
今は攻略サイトを見ない。
道に迷い、同じ道を行ったり来たりの繰り返しだ。
無駄に時間がかかる。
でもこれでいい。
なにかが魂にしみ込むには時間が必要なのだ。

効率のいい生き方。
本を斜め読みして要点だけ拾い上げ蓄積させていくような人がつまらないとは言わない。
むしろそういうことのできる頭の切れる人の漫画は
いい意味で己を殺せてクセのない大多数の人が楽しめる作品になったりする。

しかし偏差値38の自分にそういうモノの作り方はできない。
そのやりかたでは勝負にならない。
じっくりじっくり、魂に水をやる。

「火星の人」という本が面白かった。
一度読み終えて、いまもう一度最初から読み直している。
じっくりじっくり。くりかえしくりかえし。
あせってもしょうがない。
頭のいい人にはどう頑張ったって勝てない。
ゆっくりやっていけばいい。
駄目だったらもうしょうがねえよ。諦めろ。
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Posted on 19:58 [edit]

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僕は世の中9割は運だと思っている。
どんな人間に生まれるか。
外見、体、性格、頭脳。
こんなの運だ。
そしてそこからどんな環境で育つか。
これだってほとんど運だ。
先天的にも後天的にも、人生はほぼ全て運だと思う。

でも、だからこそ、9割が運だからこそ、残りの1割に全力を注ぎ込まなければならない。
諦めず自分にできることを模索し、こなしていかなければならない。

運命を定めた神様に中指を立てる。
お前の筋書き通りにはいかないぜ。
最後の最後、「運が悪いなりに善戦したな」と思えるよう頑張りたい。

Posted on 00:25 [edit]

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実況  

「デッドオアアライブエスクトリームバレー3」という、
水着の女の子がバレーするだけのスケベなゲームを買いに行ったのだが、
店で流されていた「ダークソウル3」のPVがあまりに面白そうで、
「ダークソウル3」の方を買って帰ってきた。

しかしこのゲーム、やはり難しい。
チュートリアル後にすぐ現れるボス戦で死にまくってうんざりした。
無気力無感動の人間がやるにはハードルが高い。
再開には「よし、やるぞ!」というエネルギーが必要になる。
せっかく買ったのに、やる元気がない。
なんとかならんか。
そこで生まれて初めてゲーム生配信というものを行ってみた。

PS4は僕みたいな情報弱者アホ無気力人間でも簡単に
ゲームプレイを配信できる。

始めてみたら7〜8人程の人が見にきてくれた。
7〜8。決して多くはない。
なのにドキドキする。
恥ずかしい。
言葉が出ない。

今までユーチューバーというものを少し馬鹿にした目線で見ていた。
そんな考えが180度変わる。
すごいなユーチューバー。
よくあんなイケイケノリノリでしゃべれるもんだ。
本当に、尊敬する。

考えが変わるってのはいいものだ。
歳をとると心は固まる。
変化は好ましい。
配信をやってみてよかった。

気が向いたらまたやってみたい。
でもあれホント、馬鹿がバレる。
「ダークソウル3」は特に馬鹿がバレる。
下手。
方向音痴。
漢字が読めない。
詩的なセリフにピンとこない。

馬鹿がバレる。
偏差値38がバレる。
大丈夫か、これ。

Posted on 19:38 [edit]

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母の嫌うこと  

競馬を続けている。
最近は外れ続きだ。
増々ダービーに5万も賭けたくない気持ちが強くなってきた。
いい傾向だ。
自分の枠の外に出る行為になる。
面白いじゃないか。

母は競馬が嫌いだった。
父が競馬好きで、それをいつも嫌がっていた。

兄はギャンブルこそしないが、これまたなかなか駄目なやつで、
母親からお金を借りパクして車購入資金の一部にしていた。

母はよく僕に父と兄の文句をブツブツ言っていた。
僕はここで父と兄の悪口を言いたいのではない。
むしろ逆だ。
悪いのは僕だ。

3年前に実家に帰省した。
東京に戻る僕に母は30万円もの大金を手渡してきた。
兄ならきっと素で喜び、「無駄遣いするんじゃないよ!」と母にまた文句を言われていただろう。
僕だって「サンキュー、悪いね!」とおちゃらけて受け取りたかった。
駄目だった。
申し訳なくて申し訳なくてしょうがなかった。
逃げるように家を出た。
駅までの道、涙が止まらなかった。

あのとき、母はどんな気持ちだっただろう。
目に涙をいっぱいに浮かべて逃げるように東京に向かう僕をどう思っていただろう。
心配で心配でしょうがなかったんじゃないかと思う。

こんなの駄目なんだよ。
多少クズで文句を言われるくらいの方が、気持ち的に楽なんだよ。
今度実家に帰ったとき、父とダービーに5万賭けた話をしたら
それを聞いた母はきっと怒るだろう。

あの日涙を浮かべて走り去ったあの子はどこに行ったんだ!

ふふふ。あんな子どっか行った方がいいんだよ。

やっぱりダービー5万は不可避の儀式だなぁと思うのだった。
あー5万も賭けたくねえなあ!

Posted on 15:27 [edit]

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ふたりきり  

某姉弟漫画の1巻を読んだ。
幼い姉と弟は仲が良い。
でも、姉弟はおそらく育児放棄状態にある。
親の姿はない。
ふたりはいつも一緒。
でもふたりきり。
そんな話だった。

ギャグ漫画だけど寂しかった。
ひとりきりも寂しいが、
依存し合ったふたりきりってのも寂しいもんだ。
ああ、僕の漫画読んで寂しい気持ちになってる人もいるんだろうなぁ。
寂しいのはやだな。
底抜けにアホな空気に満たされたお気楽漫画にしたい。

「ちーちゃんはちょっと足りない」って漫画を読んだとき、衝撃だった。
感動した。すごい漫画だと思った。
実際話題になり、この漫画がすごいにも選ばれた。
この漫画は100万部売れるべきだと思った。

でもあんな漫画は描きたくない。
「ちーちゃん」もふたりの親友の話だ。
悲しいふたりきりだった。
あんなドラマチックで心に刺さるような素晴らしい漫画なんて描きたくない。

今日も僕は、「うんこ」を連呼する春子を描いた。
兄妹のお母さんはいつも通り怒っている。
登場人物も増えてきた。
新しく強烈にアホなキャラもこれから出る。
賑やかになってきた。
これでいい。
いい漫画を描いてると思う。
3流だが3流なりの価値のある漫画だと思う。
自画自賛もたまには悪くない。
自信を持って頑張ろう。

Posted on 23:38 [edit]

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加点方式  

空いた時間でダラダラ新しい自己啓発本を読んでいる。
ひと言でまとめるなら

「加点方式で生きようぜ!」

って本だった。

自分もそうなのだが、日々を減点方式で生きる人が多い。
カロリーの高いものを食べてしまった。マイナス。
お酒を飲んでしまった。マイナス。
ゲームをしてしまった。マイナス。
人と上手く話せなかった。マイナス。
勉強せずに眠ってしまった。マイナス。

物事をマイナス面でばかり見てしまう。
理想が高すぎるのだ。

カロリーの高いもの、おいしかったじゃない。プラスだよ。
お酒もおいしかったじゃない。プラスだね。
ゲーム楽しかったじゃない。プラスプラス。
人と上手く話せなかったの、ネタになるじゃない。これもプラス。
勉強できなかったけどよく眠れて健康にいいじゃない。プラス以外の何者でもないね。

動物なんて、本来は「今日も生きてるぜ!」ってだけで「ラッキー!」なのだ。
飯が食えるなんて言ったら「超ラッキー!」である。「ヒャッホー!」レベルである。
加点法。プラスだ。
100点ではなく0点からスタート。
生きてる。それだけで60点は固いね。
こっちの方が人生観として楽しい。つまり正しい。

自己啓発本を複数読んで気持ちがブレブレだが気にしない。
ああ今日も頑張ったぜ。プラスプラス。両目がもう++になってるね。ははは。

Posted on 18:09 [edit]

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原点  

漫画家友達と、自分の原点となった漫画の話になった。
その友達の原点は大友克洋だった。

自分の原点はなんだろうか。
改めて考えてみた。
やはり稲中卓球部になるだろうか。
稲中は漫画の原点どころの話ではない。
自分という人格を新しく作り変えた漫画だった。

今思い返してみれば、
中学の頃はまともに人と話すことができなかった。
一応友達のような人たちはいたが、全然会話には参加していなかった。
ただ金魚のフンのように、みんなの後ろについて歩いているだけだった。
毎日がつまならかった。
学校ではいつも早く家に帰りたくてしょうがなかった。

そんな中、稲中に出会った。
面白かった。衝撃だった。
こんな面白い「やりとり」があるんだと知った。

高校に上がって、自分が馬鹿であることを隠さなくなった。
馬鹿がバレるといじられるようになった。
おかげで人と話せるようになった。
愛のないいじりに傷つくこともあったし、
友達と呼べる人だってそんなにはいなかったが、
稲中のおかげで笑い合える関係というものに出会えた。

稲中。
すごい漫画だと今でも思う。
以前ブログに書いた「時代を変えた漫画」のひとつであることは間違いないだろう。

稲中と思春期に出会っていなかったら、まず漫画家にはなっていなかっただろうし、
今以上に暗く絶望した日々を送っていたと思う。

漫画で世界は救えないが、ひとりの暗い少年の心を変えるくらいの力はある。
自分の漫画も少なくていいので誰かの救いになっていてくれたら嬉しい。

Posted on 00:01 [edit]

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星野源  

まったく興味のなかったエグザイルの曲すら、何度も聞いている内に自然と口ずさむようになった。

同じように、最近好きになったミュージシャンがいる。
星野源だ。

星野源。正直あまり好きではなかった。
女の子にキャーキャー言われてても下ネタとか平気で言っちゃうもんね、
みたいなところが受け付けられなかった。

なんだろう。
ひがみだなあ。
モテるのに下ネタまで持っていかないでくれよ、的な。

例えば情熱大陸とかで
ただカッコいいだけの若い俳優が
薄っぺらな努力をカッコつけて語っているだけの回とか
見ててすごく安心してしまう。
こいつカッコいいだけだなぁって。
カッコよさは自分とは無縁の世界なので、
まああんたはそっちで頑張ってくれと完全に人事として捉えることができる。

でもたまにモテる上に面白い人もいるんだよ。
福山雅治とか。
勘弁してくれよ、と。
カッコいい人はただカッコいいだけでいてくれよ、と。

そんな感じで星野源にあまりいい印象を抱いていなかった。
しかし、ラジオで何度か彼の曲を聞いている内に、
いつの間にか彼の曲を楽しみに待っている僕がいた。
負けた。
完敗だ。
星野源、かっこいい。

しかもこの人、滝廉太郎みたいな眼鏡が似合うんだ。
滝廉太郎眼鏡って、すごく知的な雰囲気がにじみ出る。
僕はこれが似合わない。
眼鏡屋に行く度に、もしかしたらと試しにかけてみるのだが
全く似合わない。
今風の言葉で言えばキモイ。
羨ましい。
僕は星野源になりたい。

そんなわけで彼の本まで買ってしまった。
これがまた面白いこと書きやがる。
ギャグも卑屈も真面目な話もできる。
寝てよし立ってよしのオールラウンドファイターかよ。

まあしょうがない。
配られたカードで勝負するしかないのさ。
僕の所に滝廉太郎眼鏡のカードは来なかった。

諦めて、今日もしがみつくように生きていく。

Posted on 23:24 [edit]

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エグザイルに感謝  

エグザイルとか一生無縁なんだろうなと思っていた。

でも最近聞いている、朝から晩まで曲だけを流す「ラジオNIKKEI第2」で、
毎日「君に夢中〜♪」って曲が流れていて、すっかり覚えてしまった。

トイレで大きい方をしながら、ふいに「君に夢中〜♪」と口ずさんでいた。

曲って好きだから聞くだけじゃなくて、聞いていたら好きになることもある。

みうらじゅんの言っていた自己洗脳の一端に触れた気がした。
好きじゃないものも習慣的に触れていれば好きになるのだ。

ハナっから「興味ない」「お金ない」で片付けてスルーせず、
やってみることの大事さをエグザイルで感じることができた。

ありがとうエグザイル。
メンバーの顔ふたりしか知らないけどありがとう。

Posted on 15:16 [edit]

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ハウツー本  

僕は実名を晒して漫画を描いているワケで、
こうなるとやはりネット上で他の人が書いた作品に対し批判めいたことはなかなか言えない。
でも言わないようにしているだけで、
読んでいて「なんだこの本は」と頭にきて壁に投げつけたくなるようなことは多々ある。

ある会話のハウツー本を読んだ。
とんちんかんなことを偉そうに語っていて腹が立った。
その本の中では、会話というのは話す力より聞く力が大事だという。
そして出てくる例文も
「最近話題のフレンチの店に行きました。」
など、向こうから先に話しかけてくるものばかりなのだ。

自分は昨年あるフットサルサークルに参加したが、
ほぼ誰からも話しかけられなかった。
聞き上手になるもなにも、話しかけられなかったんだよ!

こういうのは今まで何度もあった。
合コンというほどではないが、一度男女数人でバーベキューをやったことがある。
悲惨だった。
初体面の女性達は誰も僕に話しかけてこなかった。
話しかけるのは男性側が常識?
そこのハウツーをくれよ!
聞き上手は第二段階、まずはどう話しかければいいか教えてくれよ!…と。

あとこの本、
話し方のハウツー本なのに、そもそも根本的に「面白くない」。
面白くない人が会話のあれこれを語るというのはどうなのだろう。
「これこれこういう風に話せば爆笑必至です」
なんてことも平気で書く。
自分で自分の書いたことに対し、「爆笑必至」なんて言葉を軽々しく使うやつに
面白い会話ができるとは到底思えないのだが。

買ったからには一応最後まで読んだ。死んだような目で。
そしてすぐにゴミ箱に投げ捨てた。

まあこういう外れの本を読むのも楽しい。
腹が立つってのはエネルギーがいることだ。
無気力無関心とは違う。
習慣的にいろんな本を読んでいけたらいいなと思う。

Posted on 00:30 [edit]

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花粉症  

今年、とうとう花粉症になった。
突然やってきた。
鼻水が出て目がしょぼしょぼする。

僕は秋の花粉症も数年前に発症している。
これで春と秋、両方つらい季節になったわけだ。

夏は暑くて嫌いだし、冬は寒くて嫌いだ。
春と秋は花粉症で嫌いだ。
どうなってんだよ人生。隙間なく僕を苦しめやがって。

おっといけないいけない。
こうやって物事のマイナス部分ばかりに目を向けるから無気力無感動になるのだ。
花粉症発症記念にエロ漫画でも買おう。
日々を耐える自分へのご褒美だ。

よく、「自分へのご褒美ってなんだよw」と
甘いものやブランド品を買う女性を馬鹿にしたコメントをネット上などで見るが、
自分へのご褒美のなにが悪いんだろう。

ずっとお金がなくて
自分になにもご褒美をあげられなかった僕は
魂が小さくなってしまった。

自分には優しくしなければならない。
頑張っていようがいまいが関係ない。
生きているだけで偉い。
ご褒美は日々定期的に自分にあげるべきだ。
よし、エロ漫画以外にも何か買おう。
セールを待たずに定価で服でも買うか。

童貞に服。
ふふふ。
無駄だね。
素晴らしい。
意味のないことに人生の価値が詰まっているんだよ。
ほら、花粉症に対する滅入った気持ちが落ち着いてきた。
人生、こうじゃなきゃいけない。



鈴木健也を名乗る人がコメントをこのブログに残してきた。
これがまたいいことを言う。
まるで本人のようだ。
最近のイタズラは手が込んでいる。

本人にその話をしたら、イタズラでもなんでもない、本人だった。
ずっこけてしまった。

どうしてこんな陰鬱としたブログ発見して読んでるんだよー。
壁に耳あり障子に目あり。
ああ、恥ずかしいぜ。

それはそれとして、健也さん以外の方々も、コメント楽しく読ませていただいています。
返信できなくて申し訳ない。
自分は無駄に真面目なので、返信しようとしたら平気で1時間くらい経っちゃったりするのです。
ほんと、ごめんなさいね。
これからもよろしくお願いします。

Posted on 20:37 [edit]

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自分らしさ  

年末年始に10日程休みをもらった。

1年間ずっと「働かないふたり」のことばかり考えていたので
休みくらい自分の好きな絵でも描いてみるかと落書きを始めた。
自分好みの女の子の絵だ。
春子も好きなキャラクターではあるが、なんというかあれは、小動物的なかわいさで、
描いていて「たまんねえぜ!」と湧いてくるタイプではない。

自分が好きなのはもっとガタイのいいムチムチした女の子だ。
それは僕の短編集を読んだことがある人ならわかるだろう。
あの本に出てくる女の子はどいつもこいつもぶっとい。

自分の欲に忠実な女の子を描くなんて久しぶりだった。
でかい胸。がっしりした腰。広い肩。
うーむ、エロい。
下手なりにとても健康そうでかわいい女の子が描けたと思ったので
ツイッターに絵をあげてみた。

フォロワーがごりっと減った。

翌日もその健康そうな女の子の絵を描いてツイッターにあげた。
またごりごりっとフォロワーが減った。
そんなことを1週間程続けて、フォロワーは100人弱減った。

こいつはまいった。
もし「働かないふたり」の連載終了後、
あの僕好みの女の子をヒロインにした漫画を新しく始めたら、
多くの読者は離れてしまうのかもしれない。

そういえば短編集のレビューにこんなのがあったのを思い出した。

「はたらかない2人をみて吉田先生の作品を他にも見ようと思い購入しました。
でも、割と卑猥なシーンがありちょっとガッカリです('・ω・`)
吉田先生には卑猥なシーンは書いて欲しくないです」

なんというか、自分には良くも悪くも「働かないふたり」のイメージが染み付いてしまっているのかもしれない。
でも僕の中には卑猥な部分もあるし、巨乳も好きだ。

最近の日記で書いているが、
今の僕はとても無気力、無感動だ。
魂が小さくなっている。
その小さくなった魂にわずかに残った興味。
卑猥と巨乳。
パンドラの箱を開けたら最後に残ってるやつだ。
それを封じられてしまったら本当に空っぽになってしまう。

というわけで、読者が減るのを覚悟で
ムチムチ巨乳女で新しく連載やれないかなどと考えたりする日々なのである。

最後に。
この鬱々としたブログを読んだ漫画家の友達がこんなことを言ってくれた。

「読んだ人の吉田さんに対する印象は変わるかもしれないけど、
吉田さんが働かないふたりのイメージに縛られてしまうのもあんまよくない気がする。
というか、文章面白いからイイ。」

自分はこの人のことをとても尊敬している。
尊敬している人に肯定されるのはやはり嬉しいし自信になる。

いいじゃない、イメージと違っても。

と、いうわけで、このやたら陰鬱としたブログはまだ続く。

Posted on 21:25 [edit]

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新潟弁  

地元の友達と電話で話して、久しぶりに新潟弁を聞いた。

新潟弁。

小学2年生の時に比較的標準語圏である札幌から新潟に引っ越し、初めてこの方言を聞いた時は驚いた。
驚いたというか、怯えた。
新潟には不思議な方言がある。

例えば人に何か教えてあげようとしたとき。
標準語なら
「教えてあげようか?」
になると思う。

関西弁だと
「教えたろか?」
かな?

新潟弁はちょっと違う。
「教えてやろう」
と言う。

何か貸してあげるなら
「貸してやろう」
となる。

すごく偉そうなのだ。
これを初めて言われたとき、僕はひどく怯えた。
すごく上からものを言われている気がしたからだ。

なにがよくないって、新潟の人はこれが方言だと自覚していない。
標準語だと思って使っているので、もしかしたら他県で「嫌なやつ」と思われてるかもしれない。

しかしこの方言を「新潟の変な部分」としてメディアなどで聞いたことがないんだよな。
僕のまわりだけで使われていた狭い方言なのだろうか。

まあなんにせよ新潟を離れて5年。
久しぶりに電話で聞いた新潟弁は心地よく耳に響いた。
やっぱり自分は新潟の人なんだなあ。



今日は競馬、見事に外れた。
500円の損失。

大丈夫か、ダービー。

Posted on 21:13 [edit]

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愚痴  

地元、新潟の友達と少し電話で話した。
普通に働いて結婚もしているちゃんとした人だ。

仕事の愚痴が多い。
多くなった。
この友達だけではない。
みんな久々に話すと仕事の愚痴ばかり言う。

世の中には偉そうにしているだけで大した仕事もせずに高給をもらい続けているクズがどこにでもいるようだ。
そういう人の下、薄給で身を粉にして働けば愚痴も出るだろう。

しかし暗い話ばかりでは気も滅入る。
何か明るい話題はないのかと話を振った。

「…」

数秒の沈黙。

「ないね」

うーん。
なかなか厳しい世界である。

若い頃はやたらブンブンうるさくて早い車に乗り、
頭にはパーマをあて、
女関係では浮気に心躍らせ、
休日はサッカーを見に行ったり、一日中モンハンを楽しんでいた友人。

今はただただ働き、家のローンを払い続け、子供の面倒を見る日々だ。
言葉は悪いが、つまらなくなった。
33歳。いつまでも面白い人間ではいられない。
楽しかったことで話が盛り上がるより、愚痴をこぼすようになる。

友達は何も悪くない。
ちゃんとするとは、そういうものなのだ。
競馬に5万も賭けて何かを取り戻そうとする方がおかしい。

5万…。

その友達にダービーで5万賭けようと思っているんだと伝えたら
「お前アホだろ」と笑ってくれた。

アホ。今の僕には褒め言葉だ。
笑えることがあるのは素晴らしい。

正直、昨日ブログで5万賭けると宣言したことを後悔していたが
はやりダービーでの勝負は外せない。

うん、楽しみになってきた。
当たっても外れてもこの友達に面白い報告ができる。

そういうのが、大事。

Posted on 21:51 [edit]

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儀式  

突然だが今日から一人称を「俺」から「僕」に変えようかと思う。
俺ってちょっと偉そうだし、暗く自虐的内省的な日々のつぶやきに合わなすぎる。

僕。今日から俺は僕宣言。

というわけで、今日も僕は夕方までちびちび漫画を描き、
ランニングをし、少し本を読んでこのブログを書いている。


競馬の話をする。
今年、4回競馬をした。
毎回500円を賭け、2勝2敗。
2000円賭けて5000円弱ほど儲かった感じか。
差額、3000円。
なかなかの成績だと思う。

だがしかし、夢中になっているかと言われたら、夢中にはなっていない。
勝ちたいというより、負けたくないという気持ちの方が強い。
逃げ腰でやる競馬でいいのか、少し疑問が出てきた。
負けたくないなら最初からやらなきゃいいじゃないか。

こういうところが先日述べたような「小さくなった魂」の現れなのではないかと思う。
お金がないということに適応した、省エネモードの魂。

自分が漫画家ではなく、普通の会社員だったら、この省エネモード魂はなんの問題もない。
むしろ無駄遣いをしないということは長所となるのではないか。

だが漫画家はそうもいかない。
清貧は面白さを左右する要素にならない。
清貧がもたらす低空飛行の安定では自分は変われない。

日本ダービー。
5月29日に行われる大きなレースに5万賭けることにした。
5万。普段賭けている500円の100倍の額だ。

ああいやだ!賭けたくない!5万なんて賭けたくない!
最初は1万にしようと思っていた。
でも駄目だ。1万じゃ怖さが足りない。
3万。まだ足りない。
5万だ!くそ!ファック!
500円の銭湯に100回入る方がいいじゃないかと僕の小さな魂が嘆いてる!

なんて馬鹿馬鹿しい金の使い方だと思う人の方が多いだろう。
僕だってこんなことに家賃以上のお金を賭けるなんてあり得ないと思っている。

でもこの「あり得ない」が大事なのだ。
5万賭ければさすがに夢中にならざるをえないだろう。

こんなことしても何もならないかもしれない。
何もならないかもしれない、と言って、何もしなくなった男が僕だ。
今の僕には意味のないことを真剣にやる必要がある。

感覚としては儀式に近い。

5月29日が楽しみだ。

ああ!5万も賭けたくねえ!

Posted on 22:14 [edit]

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夢中になれるもの  

最近読んだ自己啓発本をひと言でまとめれば、

「夢中になれるものをがむしゃらに楽しんでいたら運もまわってくる」

というものだった。

これが自分には難しい。
夢中になれるものがないのである。

今まで何人かの漫画家に会って来た。
彼らはいつも自分の好きなものを熱く語る。
はまっている漫画、アニメ、映画、スポーツ、etc…。
その姿はとても魅力的だ。
豊かな人生を生きているように見える。

みうらじゅんは
「好きでもないことでも好きだと自分自身を洗脳してお金を使いまくっていれば好きになる」
と言っていたが、逆もあると思う。

金を使わないで省エネ生活を続けていると
好きなことも好きじゃなくなるのだ。

「金がない」のひと言で、
人は簡単に好きだったものを忘れていってしまう。

自分は昔から、働いて好きなものにお金を使うより、
働かないでなにもしないことを選ぶタイプだった。

なんだろう。小さい。
魂が省エネモードになっていて、すごく小さい。
熱狂できるものがないのである。

今描いている漫画はテーマが「何もない話」だからなんとかなった。
しかし焼き畑のように「何もない」すら燃やしてしまったら、
描けることはもう本当に何もなくなってしまう。

自分は税理士さんに確定申告をお願いしているのだが、
「経費全然使ってませんね」
と言われてしまった。

向こうは褒める意味で言っていたのだろうが、
漫画家としてはただの怠慢でしかない。
自分に全然お金を使っていないのは、自己投資を怠っているのと同じだ。

もっと遊ばなくてはならない。
小さくなった魂に水を与えなくてはいけない。
痩せきった土地に肥料を与えなくてはならない。

今年の目標は「無駄遣い」くらいでいいのかもしれない。

Posted on 23:32 [edit]

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自分のいいところ  

自分を貶める文章ばかりというのも芸がないので、
今日は自分を褒めてみようと思います(誰が読みたがるんだそんなもの)。

自分のいいところ。
それは言わずもがな、「漫画がちょいちょい売れた」ということです。

前にも書きましたが、この業界、「ちょいちょい」売れるのすらとんでもなく難しい。
自分のようなカスが「ちょいちょい売れた」のは、本当に奇跡のようなことです。

スヌーピーの名言に
「配られたカードで勝負するしかないのさ」
というものがあります。

人生は平等ではありません。
強いカード。弱いカード。
人それぞれに様々なカードが配られます。

自分に配られたカードはまあ酷かった。
中学くらいで気付きましたね。
このカードで長い人生を勝負していくのはかなり厳しいぞ、と。

それでもスヌーピーさんの言うように、配られたカードで勝負するしかありません。
文句を言ったって、誰も新しいカードを配ってくれはしないのです。

自分の前に並んだカードをじ〜っとにらみ、ひとつの勝機を見出しました。
漫画なら、勝負できるかもしれない。

漫画のいいところ。
クソみたいな人生が、文字通り肥やしになるのですね。
自分に配られたカードは長い年月の中で発酵し、なんとか使えるカードになりました。

なにもいいことのない人生。
我慢に我慢を重ね、この歳になって大勝負ができたのです。

問題は次ですね。
今やってる漫画でもう空っぽです。
もう描きたいことも描けることもないんですよ。
人生を賭けた全身全霊渾身最強の一手で「ちょいちょい」しか売れなかったのです。
まあ焼き畑みたいなもんですね。
土地が痩せる痩せる。

500万部くらい売れてればもう人生上がりだったのですが、
実際はその10分の1も売れてません。
シビアですね、人生は。

まあ諦めずにやっていきますよ。
結局何が言いたいって、自分のいいところは諦めが悪いところだってことです。
捨てないぜ、人生。

Posted on 15:23 [edit]

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本物の童貞クソつまらない論  

「童貞パワー」なんて言葉がある。

やり場のない性欲
暴走する妄想。
必死で滑稽な女性とのコミュニケーション。

童貞は様々なエンターテイメント作品の中で笑えるキャラクターとして描かれてきた。

でも、実際の童貞はどうだろうか。

サンプルは自分しかいない。
俺のまわりに童貞は俺しかいないのだ。

俺に限って言えば、童貞はクソつまらない。

性欲もひとりで問題なく処理しているし、妄想だって別に暴走したりしない。
女性とはそもそもしゃべらない。

そういえば、あるノンフィクション作家はこういっていた。

「世界中どこでも冗談は男女関係から始まる。」

自分は恋愛をしたことがない。
同時に、失恋もしたことがない。
なにもないのだ。
成功談も失敗談も、女に関するエピソードが何もない。
なんて薄っぺらな人生。
俺の人生を本にしたらペラッペラの小冊子程度にしかならないかもしれない。

もちろん、激動の人生を歩んで来た面白い童貞もいるだろう。
しかし、大半の童貞は人生の早い段階で自分に諦めをつけ、
何も行動してこなかった人達なのではないかと思う。

本物の童貞クソつまらない論。

童貞なのにつまんねえとかマジで役に立たねえな…。

Posted on 18:36 [edit]

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リニューアル  

数ヶ月前、近所に中華料理屋ができた。
素人目に見ても立地条件はよくなかった。
こんな所、お客さん来ないんじゃないかなぁと思っていたが、
実際に開店してみても、やはり人の入りはまばらだった。

開店から1ヶ月も経たないうちに、「リニューアル改装のため休業」の張り紙が。
リニューアルでどうにかなる問題なのだろうか…。
諦めて撤退した方がいい気がするが…。

数日後、何人かの業者の方々がなにやら作業を始めた。
カラフルなフィルムのようなものを入り口のガラス窓に貼っている。

翌日その店の前を通ると、2匹の派手な龍の絵がガラス窓を飾っていた。

わお、と思った。
今までは店構えが地味だったからお客さんが来なかったと判断したようだ。
店内を覗き込むと業者の方が大きな謎のツボを運んでいた。

もしこの店の成功失敗に賭けるギャンブルがあったら、失敗に全財産賭ける。

配当は安そうだ。

Posted on 09:29 [edit]

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踊り続ける  

どこで読んだか思い出せないエピソードがある。
細かい所まで覚えていないが、確かこんな話だった。

あるところに踊りの上手い男がいた。
村の人々は、みなその男の踊りに魅了された。
それを面白く思わなかった村の領主は、その男の両足を切り落とした。
しかし男は腕だけで見事に踊ってみせた。
領主は男の両腕も切り落とした。
それでも男は体をくねらせるようにして踊り続けた。
そして領主は男の首を切り落とした。
男は絶命するその瞬間まで、まばたきでリズムを取り踊った。

そんな話だったと思う。

人は生きていく中で、いろいろなものを失う。
老眼になる。
耳が悪くなる。
体力が落ちる。
事故で手足を失うかもしれない。
一生付き合っていかざるを得ない病気になるかもしれない。
大切な人を失うかもしれない。

村の領主は神だ。
神は人からいろいろなものを奪っていく。
今まで当たり前だったものが、当たり前ではなくなる。

それでも絶望してはいけない。
例えなにかを失っても、自分に残された部分で全力で踊る。
踊り続ける。
喜びを見出す。

抗う。

漫画家の友達が鬱病になった。
鬱病の薬は不安を取り除くと同時に喜びも奪う。
感情がなくなる。
感情がないところから漫画を生み出すことなんて出来ない。

他人事ではない。
自分だっていつ描けなくなるかわからない。
その時、自分は踊り続けることができるだろうか。
漫画以外でもいい。
残された部分で人生を楽しむ。

そのことを忘れずにいたい。

Posted on 22:15 [edit]

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好きという才能  

萩尾望都先生の漫勉を見た。

すごいとか上手いとかの前に
一本一本の線をゆっくり味わうように引いているのが印象的だった。

萩尾先生は1日14時間、食事以外は休みなく絵を描くという。
1日暇があったらずっと絵を描くという。
やめなさいと言われてもやめられるもんじゃないという。

1949年生まれ。
66歳にしてこの情熱。
漫画が好き、という気持ち。

好きという気持ちは漫画家を続ける上での一番の才能だと思う。
漫画を描くことが好きなら例えヒットに恵まれず貧しくても
それは幸せな人生だ。

自分は漫画を描き始めた動機がくそ不純で、
21の時に就職活動が嫌になって漫画を描き始めた。

初投稿の漫画が最終選考まで残った。
いけるじゃん、と思った。
実際はさっぱりいけなかった。
その後カスリもしない投稿を続けた。

漫画が描きたいから漫画家を目指すのか。
漫画家になりたいから漫画を描くのか。

萩尾先生は前者。
自分は明らかに後者だ。

でも、最近そんな自分の中にも小さな芽のようなものを感じる。

漫画を描くのは好きではないが、
自分の漫画に出てくるキャラクターたちは好きだ。
春子が辛い目に会っている所を想像すると涙が出る程悲しくなる。

1円にもならない投稿時代、自分には才能なんて1ミリもないんだなと悟った。
でももしかしたらこのキャラクターに対する気持ちは才能なのかもしれない。

1日14時間漫画を描くなんて無理だが、
この気持ちを大事に育てながら漫画家人生を重ねていけたらと思う。

Posted on 21:28 [edit]

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不真面目  

再開後のブログは暗く真面目な話ばかりだ。
ずいぶん不真面目になったと思う。

持論なのだが、いつも明るく冗談ばかり言っている人は、すごく真面目だ。
人間常にハッピーなわけではない。
暗い気持ち、ダルい気持ち、怒り、いろいろある。
それでもどんな時も努めて明るく冗談を言い続ける人は真面目だし強いと思う。

映画「ゼログラビティ」に出てくるジョージクルーニー演じるコワルスキーは
どんなに絶望的な状況になってもくだらない冗談ばかり言っていた。
暗く孤独な宇宙で押し潰されそうな恐怖や不安に負けず、ヘラヘラと冗談を言う。
強い。とても心引きつけられるキャラクターだった。
自分もこうありたいと思った。

でもギブだ。
自分は弱く不真面目だ。
ブログでくらい暗い気持ちをゲロゲロと吐き出したい。

読まされる方はたまったもんじゃないだろうなぁ。
もっと面白い話でも出来ればいいんだろうけど、
これからも暗ーい話が続きます。
申し訳ない。

Posted on 21:44 [edit]

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地アタマ  

村上春樹は「職業としての小説家」という本の中で、
勉強は得意ではなかったし、そんなに熱心に取り組んでもいなかったと語っている。
そして村上春樹は早稲田大学に行った。

地アタマがいいとはこういうことを言うのだろうか。

自分は高校の時、結構真面目に勉強していた。
3年の途中まで、席替えの度に自ら志願して一番真ん中の一番前の席に座っていた。
3年の途中で担任の先生に嫌われその席を選べなくなったが(左寄りのクソ教師だった)、授業はまじめに受けていた。
そうやって学年1位の座を守り続けていた。

そして新潟の真ん中くらいの大学に推薦で入学した。
偏差値40くらいの大学だと思っていたが、さっき調べてみたら38だった。
新潟の大学は真ん中で偏差値38なのだ。

地アタマのいい人達は言う。
「もっと効率的にやりなよ。肩の力を抜いてこんなふうにさ」と。
うるせえである。
アクセル目一杯踏んで偏差値38なんだよ俺は。

村上春樹が好きだ。
彼の成り立ちに触れたくて「職業としての小説家」も読んだ。
しかし参考にはならない。
地アタマのいい人が歩んで来た道は俺には歩めない。

ただ、「自分は頭悪いから…」の言葉に逃げるのは思考停止にしかならない。
そうはなりたくない。
人生を捨てない。
馬鹿には馬鹿の生き方がある。

道は、険しい。

Posted on 21:00 [edit]

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遠く遠く  

村上春樹は「走ることについて語るときに僕の語ること」という本の中でこう書いている。

「継続することーリズムを断ち切らないこと。
長期的な作業にとってはそれが重要だ。」

最近、生活習慣を改めた。
以前は寝起きの時間がめちゃくちゃだった。
今は夜の1時前に眠り、朝8時に起きている。
16時頃まで仕事をし、ランニングにいき、風呂に浸かりながら45分程ネタ出しをする。
そのあとは自由。本を読んだりテレビを見たり死んだ目でバトルフィールド4をやったりしている。

やらない日を作らないし、やりすぎる日も作らない。
毎日コツコツと漫画を描いている。

人生をかけて、なるべく遠くまで走れるよう、毎日を丁寧にリズムよく生きていきたい。

Posted on 22:04 [edit]

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