山田さん、ホオジロザメ、レゴ三昧

エロい絵、描いた記憶あんまりないけど、一応18禁です。

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ワイドなショーで松本さんがバラエティー番組の自粛について語っていた。
余裕がないと笑いはやりずらい。
今のような状況ではバラエティー自粛も仕方がないのかもしれないと言っていた。

僕はそう思わない。
今のような、余裕のない状況だからこそ、くだらないバラエティーは必要だと思う。
いや違う。
そもそも、今が余裕がないという考えから違うと思う。
今は余裕のなさが目立っているだけだ。
余裕のない人間はいつだっている。
しかも少なくない数、確実にいる。

そんな人達の苦しみを、ほんの一瞬でも忘れさせる力がバラエティーにはある。
それはとてもすごいことだ。素晴らしいことだ。
どんなに大量の同情の涙より、1ミリの笑いの方が価値があると僕は思う。

ダウンタウンが好きだ。
松本さんが好きだ。
自粛も仕方がない、なんて思ってほしくない。
自信を持ってこれからも笑いをやり続けてほしい。
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Posted on 18:06 [edit]

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仕事か遊びか  

体調を崩した。
原因はわからない。
急な吐き気、下痢、38度を越える発熱。
口に入れたものがすぐ尻から出てしまうので病院で点滴を打ってもらった。
700円ほどだったか。時間はかかるがそんなにお金はかからない。高いポカリみたいなもんだ。

熱は2日ほど寝て下がった。吐き気も大丈夫。下痢も大分治まった。
しかし食欲がない。
摂取カロリーが全然足りない。

そもそも、2016年に入ってから体調がよくない。
体が駄目になると心も滅入ってくる。
心が滅入ると暗いブログをグチグチ書き出したりする。

あんまり自覚なかったが、ちょっと頑張り過ぎていたのかもしれない。
正月休み以降、休みはバンジージャンプに行った日とコミティアの日だけだった。

漫画家はどうも仕事と休みの境目がわかりずらい。
漫画を描くのは遊びみたいなもんだ。しかし同時に心底しんどい仕事でもある。
働いているんだか遊んでいるんだか、よくわからない日が続く。
そんな中、わかりにくい疲れやストレスが長い連載の中で蓄積してきたのかもしれない。

もっと意識して休むべきか。
とりあえず明日は何もしないでダラダラする。
撮りだめしているバラエティーでも見てすごそう。

Posted on 00:41 [edit]

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歓喜の瞬間  

「ダークソウル3」をクリアした。

最後のボスは何度も何度もうんざりするほど死んだ。
それでも何時間もかけて少しずつ敵の行動パターンを覚え、とうとうボスを倒した。
配信している最中にも関わらず「おらー!」と歓喜の声をあげてしまった。

なんだこの達成感は。
正直、漫画でこんなに気持ちが高ぶった瞬間を経験したことはない。
というか、漫画を描いていて気持ちが高ぶることはない。

スポーツ選手や棋士とは違う。
明確な「勝利」の瞬間がない。
こつこつこつこつ、ひとりで地味な作業が続く。
喜びも悲しみも、じわじわやってくるのが漫画だ。

初めて人から漫画を褒めて貰えたとき、
初めて漫画が商業誌に載ったとき、
初めて漫画でお金を稼いだとき、
初めて単行本を出したとき、
初めて連載を持ったとき、
初めて重版がかかったとき、
僕は「おらー!」と歓喜の声をあげなかった。

頂上の見えない山を登っているみたいだ。
振り返り、ここまで登ったかと感慨には浸る。
しかし気持ちの高ぶりはない。

淡々としたものだ。
リズムを保って日々を丁寧に生きる。
頂上は見えずとも、歓喜の瞬間はなくとも、
少しでも高い所までいけたらと思う。

なんてカッコつけたこと言えるほど頑張ってないけどね。
むしろ登っているというより道に迷って下っちゃってる感じすらする。
何が怖いって、頂上は見えなくても底は見えるんだよ。
あそこまで降りたら狂う!的な。

今日もたくさん寝る。

Posted on 00:17 [edit]

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ゲームの配信を続けている。
楽しい。
見てくれてる人は楽しくないだろうが(つまらないという自覚はある)、僕は楽しい。
漫画以外の表現、とても新鮮だ。

この間読んだ自己啓発本にこんな話が載っていた。

ある猿に知恵の輪を渡した。
猿は毎日夢中になって知恵の輪を楽しんだ。
文字通り、猿のように、だ。
ある日研究者は、知恵の輪をクリアしたらエサを与えるようにした。
すると猿は、空腹を感じたときにしか知恵の輪をやらなくなった。

自発的な好奇心が、報酬を与えることで労働になってしまうのである。

漫画を描き始めた頃、
猿のようにエロい絵ばかり描いていた。
楽しかった。
しかしそれでは食っていけない(エロ漫画家になれる才能はなかった)。
お金を稼がなければならない。
いつしか僕にとって漫画はほぼ労働になっていった。

しかし配信は違う。
あんなもん1円にもならない。
見てる人だって数人だ。
なんの宣伝にもならない。
むしろ自分のアホな部分をさらしているというマイナスな面の方が圧倒的に多い。

だから、楽しい。

報酬と関係のない、自発的な表現、だから楽しい。

楽しいだけではない。
大げさな言い方だが、世界の見え方が少し変わった。

僕はいつもひとりだ。
ひとりで毎日黙々と漫画を描いている。
誰とも話さない。

入ってくる情報は、
「いつかどこかで役に立つかもしれない」
という心の引出しに雑にしまわれことになる。

しかし配信をしてると、「今日の配信で話せるかも」という引出しに入れられることになる。

いつかと今日じゃ全然気持ち的に違う。
いつか、なんて、誰にも伝えられないまま消えてくものがほとんどなのだ。
そういうのは、やはり虚しい。
虚しいと記憶の収納が雑になる。
雑だから出てこなくなる。

本を読んでも、映画を見ても、人に話すことを常にイメージするようになった。
インプットと同時にアウトプットを意識して、簡単なメモをこまめに取るようになった。
これは無気力無感動な僕にとって、ちょっとした成長だ。

などと偉そうに語ってきたが、僕の配信はほぼ無言だ。
たまに「わー」とか「ぎゃー」とか言ってるだけだ。
しゃべるのって難しい。
考えていたことが言葉にならない。
伊集院光とかすごいねホント。
よくまあ毎週あんなにひとりでべらべらしゃべれるもんだ。

まあとにかく、身になっているかどうかは置いておいて、
楽しいんだからまだ暫くは続けていきたい。
ひとりでも見てくれる人がいてくれたら充分嬉しい。

Posted on 20:06 [edit]

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人付き合い  

人付き合いが下手だ。
嫌いではない。
実は僕は結構人というものが好きだ。
しかし下手なのだ。

21のとき、ちゃんと社会でやっていける自信がなく、漫画を描き始めた。
漫画家になれば苦手な人付き合いをせずにやっていけると思った。
しかし漫画を描き始めてわかったことがある。
漫画家にも人付き合いはある。
アシスタントや編集者との付き合いではない。
毎日毎日、自分自身と付き合っていかなければならないのだ。

漫画、とくにネームの時は、どっしり何日も自分と向き合うことになる。
この僕自身がくそ面白くない嫌なやつなのだ。
否定的で卑屈で文句ばかり言ってくる。
こんなやつと毎日付き合っていかなければならない。うんざりする。

これは多分、アシスタントを雇っていたり、カミさんや子供がいたりしても変わらない。
漫画を描く時はいつも自分自身と1対1だ。
創作とはそういうものなのだ。
他に誰もいない。まっすぐ、自分と向き合う。本音をぶつけ合う。

たまに他の漫画家さんと話していると、こう思うことがある。

「この人、自分自身との付き合い方がうまいな」

なんというか、自分自身と仲良く協力して漫画を描いてるのが伝わってくる。
そういう人はなんだか生き方がしっくりきてる。
ように見える。

羨ましい。
僕も僕自身と仲良くやっていきたい。
お前の漫画、いいね、僕は好きだよ。
最高のネタができたね、これはきっとウケるよ。
今日は頑張ったね、ナイスパフォーマンス。
そんなやりとりを自分と交わしたい。

しかし、人の性格というものはそう簡単に変わるものではない。
これからもずっと、毎日、僕はあの性格の悪い僕と顔を突き合わせて生きていかなければない。

まあ、しょうがないね。
頑張ろうぜ、僕、
そんな嫌そうな顔すんなよ、僕だって嫌なんだから。

Posted on 19:30 [edit]

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弱い人、強い人  

「幻獣ムベンベを追え」という本を読んだ。

早稲田大学の探検部がアフリカ、コンゴ奥地の湖に住むと言われている幻の怪獣、ムベンベを探しに行くという
本気なんだかふざけてるのかよくわからないノンフィクション作品だ。

終始ノリが軽い。
早稲田の探検部ということで、基本的に頭もよく、冒険の準備も素人にしてはよくできているのだと思うのだが、
最後の部分は「まあなんとかなるだろう」に身をゆだね続ける。

楽観的と言うにはあまりにも無謀。
しかし、そこが面白い、というか、作者たちの強さを感じる。
「なんとかなる」は、どうなってもなんとかできるだろうという、自分に対する強い自信が必要だ。
もしくはもっと投げやりな、「どうなってもどうでもいい」というマイナスな気持ち。

僕にはどちらもない。
自信もないし、投げやりになるほど自分を適当に扱うこともできない。
「なんとかなる」は自分からはとても遠い言葉だ。
だからこう毎日うっすらと不安な気持ちで満たされているのだろうなと思う。

しかしこの「幻獣ムベンベを追え」、
ほとんど「なんとかなっていない」人も出てくる。
作者と共に冒険に出た仲間のひとり、田村さんという人物は「たまたま死ななかった」だけだった。
滞在期間の大半、マラリアに苦しみ続けた。
39度の熱、食事は喉を通らず、体は弱り続けた。
ジャングルの奥地、湖のほとりで仲間たちが毎日ムベンベの監視を続ける中、
ただただ横になって過ごすだけだった。

僕の感覚だと、こんな人がいたら計画は即中止だ。
人の命を最優先に考え、湖から撤退を考える。
しかしこの探検部の連中、ちっとも帰ることを考えない。
それどころか田村さんに対し、「病は気から」とめちゃくちゃなことを言い、
看病するどころかほぼ放置、日々弱る田村さんを疎ましくさえ思う。

田村さんはこの冒険の中で学んだ。
人は、助けてくれない。
助けてくれるのは家族だけだ、と。

なるほどなあと思う。
強い人に弱い人の気持ちはわからない。
弱い人の苦しみなど理解できない。
むしろ「しっかりしろよ、使えねえなあ」と軽蔑する。
そういうものなのだ。
なんとも世知辛い。

こんなんじゃ弱い僕には「なんとかなる」なんて到底思えないよなぁ。
不安な人生は続く。

Posted on 23:43 [edit]

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恐怖商売  

何かで読んだ。
人の恐怖や不安は商売になる。

例えば保険。
あなた、病気になったとき、お金が必要になりますよ?
保険は人の恐怖心や不安を煽る商売だ。

だから保険のCMに雨上がり決死隊の宮迫さんが出ているのは
個人的にすごくがっかりだ。

僕はお笑い芸人をすごく尊敬している。
人を笑わせる、素晴らしい職業だ。
彼らは恐怖や不安から最も遠くにいる人達だと思う。
彼らの存在に助けられている人は本当に大勢いると思う。

そんなお笑い芸人が保険のCMで人の不安を煽っている。
悲しい。そういうのは適当な役者やアイドルにでもやってほしい。

というか、単純にあんなCMに出られたら笑いずらくなると思うのだが。
損して得取れではないが、保険のCMは断ってほしかった。

なんてのはちょっと求めすぎか。
お笑い芸人が保険の大切さを語るから真剣に考えることになるのかもしれないし。

うーん、難しい話だ。

…最後は「難しい話だ」で閉じればなんとかなると思っている節があるな。

Posted on 19:50 [edit]

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バンジージャンプ  

新潟から友達が車で遊びに来た。
ノープランだった。
なんとなく適当に車を走らせながら、これからどこに行くかダラダラと話す。
水族館がいいんじゃないか。美術館はどうか。
その中で、最近の僕は無気力無感動を克服したいと考えているという話をした。
すると友達が、「バンジージャンプでもしてみれば?」と提案してきた。
調べてみると群馬の方で出来る場所があった。
悪くない。何かいい刺激になるかもしれない。
というわけで群馬の山の中までバンジージャンプをしにいった。

1回10000円。
正直、高いなと思った。
省エネモードの魂が言う。
「こんなただ高い所からビヨーンと落ちる数分の体験に10000円は高過ぎだろ」

省エネモードの魂の言葉はつまらない。
本屋でちょっと興味がわく本を見つけても
「つまんないかもよ、やめなよもったいない」
と、すぐ財布のひもを固くしてくる。
「面白いかもしれない」が「つまらないかもしれない」に負ける人生観は駄目だ。
省エネモードの魂の言葉を無視する。
僕達は10000円払ってバンジージャンプをすることにした。

橋の上から川目がけて飛び降りる。
高さは62メートルだそうだ。
正直、全然怖くなかった。
テレビでよく芸人が「無理無理!」と飛ぶのを躊躇しているのをみかけるが、
あんなもんお約束というか演技だと思っていた。

店員さんに聞いてみる。飛べない人とかいるんですか?
「全然いないですよ。400人に1人くらいですかね」
ほらね。たいしたことないんだよ、バンジーなんて。

ところがどっこいである。
バンジーの装備を身につけた辺りから急激に怖くなってきた。
装備の説明をしてくれた人が外人なのである。
カタコトの日本語でいろいろ説明してくる。
大変もうしわけないが、外人のカタコトの説明は怖い。
本当に大丈夫なのかよと疑ってしまう。

外人は言った。
「足から落ちるのよくない。痛いかもしれない。
両手開いて前にジャンプ。頭から落ちる、綺麗なジャンプ」

なるほど、両手を開いて前にジャンプかと自分に何度も言い聞かせる。

そして外人は僕の装備にバンジーの紐をつけた。
この紐!
思っていたよりずっと細いんだよこの紐が!
僕はぶっとい消火ホースみたいなのを想像していたが、
実際は親指よりちょっと太いくらいしかないのだ。

友達に聞く。
「え、これで飛ぶの?」
「まさか、飛ぶ前にまた違うのにつけかえるんでしょ?」
まさかだった。その細い紐のまま、橋のふちに立たされる。

怖い。とんでもなく怖い。
30分前まで「こんなの余裕でしょ」と思っていたのに、完全に足がすくんでしまった。
無理だ。こんなの飛べない。400人に1人の飛べないやつになってしまう。
しかし外人はそんな僕に躊躇させるヒマも与えない。
「ハイ行くよー。5〜、4〜、3〜…」
強制カウントダウン。
足から落ちてはいけない。
「2〜、1〜…。」
両手を開いて前にジャンプ。
「バンジー!」
駄目だこえええ!
僕はこえええと叫びながらジャンプできずに足から落ちた。
そこからのことはあまりよく覚えていない。
とにかくとにかく怖かった。
何度かびよーんびよーんと上下し、止まる。
その間ずっと僕は目を閉じていた。
まわりの景色を楽しむ余裕なんて1ミリもなかった。

引き上げられた僕を友達は笑った。
お前怖がりすぎ。全然前にジャンプできてないじゃん。
しかし友達もいざ橋のふちまで行ったら急に怖くなったらしく、
「あ!こええ!」といいながらジャンプできずに足から落ちていった。

1回10000円。
高すぎると思っていた。
でも今は全然その価値あったなと思う。
友達と最高に怖かったなと1時間以上も車の中で笑い合った。

無気力無感動だと思っていた。。
大丈夫、面白いことはちゃんとあるよ。

省エネモードの魂の言葉。
やはりこいつの言葉はくそである。

あーしかし怖かったな。
2度目からは余裕になるって言ってたけど、絶対次やる機会あっても怖いと思う。

いつかはスカイダイビングにもトライしてみたいな…。
死ぬ程怖いだろうけど。

Posted on 13:07 [edit]

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バリアフリー  

昨日の話の続きを少し。

大学1年生の夏、僕は大学に行くために電車に乗っていた。
その電車には車いすの男性が乗っていた。

ある駅に着くと彼は降りるために開いたドアのそばまで車いすを移動させた。
しかし、電車とホームの間に隙間があり、降りれずにいた。
手伝いを必要としているのか。
ああいうとき、むこうからお願いしてもらえないと、なかなか率先して動けない。
どうすることもできないうちに、ドアは閉まり、なんと車いすがドアに挟まれてしまった。

あわてる男性。
僕は男性のもとに駆け寄った。
他にもうふたり、けっこうな年齢のじいさんと、
耳に大量のピアスをつけた高校生も駆け寄ってきた。
3人で電動の重い車いすをなんとかホームにおろした。
すると電車は僕らをホームに置いて行ってしまった。

新潟の電車は1時間に1本程度しか運行していない。
僕は完全に遅刻、というか欠席になってしまった。

車いすの男性は足以外にも障害を抱えているようで、普通にしゃべることもできない。
あうあうあうといいながらよだれを垂らした。
どうやら僕達3人にお礼を言っているようだった。
じいさんが「いいんだよいいんだよ」と親切に応対していた。
ピアスの高校生はなにかブツブツ言って改札の外に行ってしまった。
僕はベンチに座り、1時間後の電車を本を読みながら待った。

1年前のことを思い出していた。
僕は障害者に対する感想で教師にボロクソに人間性を否定されていた。
でも車いすの男性を助けたのは、僕とじじいとヤンキーだけだった。
他の誰も助けにこなかった。
おかしい。
説教されたあの日、僕はクラス全員の「善意」に満ちた感想を読んだ。
バリアフリーは大切だの、平等のためにできることを頑張りたいだのと、みんな書いていた。

先生は僕に言った。
夢も希望もない人間だと。
僕以外の全ての人間がバリアフリーに対し前向きに、そして積極的に考えていると。
もう一度言う。
あのよだれまみれの障害者に手を貸したのは、僕とじじいとヤンキーだけだった。

なんというか。
なんで僕はあの日怒られ成績も落とされなければならなかったのか、
今でもやっぱり理解できない。

Posted on 23:29 [edit]

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平等  

高校3年生のとき、担任の先生に嫌われていた。
担任は家庭科の教師だった。
彼女の授業でバリアフリーの話が出た。
バイク事故で身体障害者になった人がこの世の生きにくさを語っていた。
先生はその資料を読み、平等の大切さを熱く説いた。
そして授業の最後、僕達に感想を書かせた。

僕は17歳だった。
あの頃の僕は今よりもっとずっと暗くいろんなものを憎んでいた。
バイク事故で障害者。
勝手にあんな体むきだしの危険な乗り物に乗り、事故に会い、障害を負った男が
生きにくさを堂々と語っていることに少し腹を立てていた。

生まれつき障害を持って生まれた人は運が悪かった。
バイクでの事故は運ではない。自己責任だ。
そう思っていた。
今はそう思わない。
バイクかっこいいし、バイク乗ってる人もカッコいいと思う。いい趣味だ。
でも17の頃の僕はそう思えなかった。

授業の感想で僕は少々攻撃的なことを書いた。
平等という言葉を軽々しく使うことに抵抗を感じていた。
平等。とんでもない言葉だ。
本当に世界を平等にしようと思ったら、
たくさんのお金が必要になる。
多大な労力も必要になる。
僕にはその覚悟がなかった。
そもそも自分は他人の下の世話もしたことがない。
そんな人間に、バリアフリーや平等を語る資格なんてない。
そのようなことを感想に書いた。

その日のホームルーム、先生はみんなの前で僕に向かってこう言った。
「あなたは夢も希望もない人間です」
クラス中の人がキョトンと僕のことを見た。

僕はその日の放課後、家庭科準備室に呼び出されて説教をされた。
「クラスの他のみんなはこんなにいいことを書いているのよ!」
僕は他のみんなの感想を1枚1枚全部読まされた。
糞だった。
今でも同じことを言える。
みんな糞だった。
平等のことを真面目に考えてるやつなんてひとりもいなかった。
みんな適当に2〜3行で
「バリアフリーの大切さを感じました」
なんてことを書いてやがる。

僕は歪んでいたかもしれない。
しかし、歪みながらも真摯に平等というものと向き合っていた。
他のみんなは違った。
表面だけの薄っぺらな教師受けする適当な感想しかそこにはなかった。

前にも書いたが、僕は高校のとき、学年1位の成績だった。
僕の高校では基本的にテストで80点以上とれば5の評価をもらえる。
僕は家庭科のテストで91点をとった。
7月の終わり、もらった通知表、家庭科の評価は4だった。
ちなみに友達はテストが79点で評価は5だった。
平等を語る教師が、こんな不平等なことを堂々としてきた。

先生は僕のことを右翼と呼んだ。
左寄りの人は正義の名の下に平気で人を傷つけることを知った。

Posted on 00:03 [edit]

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